2008 年 3 月 27 日

おだち日記 3月26日(水)

カテゴリー: おだち日記 — admin @ 6:07 PM

 昨日から与党の動きが変です。今日行われる約束であった経済・年金の集中審議に自民党・公明党が出ないと言い出したのです。その心は、予算と平行して本会議を開いて税制関連法案のみ審議に入れというのです。与党から予算委員会に出ないというのは前代未聞の異常事態です。我々は徹底して予算を審議すべきとの認識でもちろん応じませんでした。結局、集中審議も取り止めで本会議も開かれないことになりました。野党理事の仕事の一つに質問機会を出来るだけ作ることにありまが、今日の集中審議に向けて質問の準備を行ってきた同僚議員にはその機会が作れなくて本当に申し訳ない思いです。 午後0時50分からの理事会で各委員会への委嘱審査を決議するために委員会の開催を決め、28日に予算の自然成立を避け、参議院の意思を示すために委員会採決を行うことを決めました。これで、採決後すみやかに本会議が開かれることになります。さらに、延期された明日の集中審議を予算成立後の4月3日に行うことも決まりました。これで同僚に顔向けができるとホッとしました。

おだち日記 3月25日(火)

カテゴリー: おだち日記 — admin @ 6:06 PM

 連日行われている予算委員会も終盤に入りました。今日は、公述人をお招きしての中央公聴会を開催しました。午前中は、高速道路無料化で地域活性化を主張する山崎養世さんと外貨準備の積極運用に造詣の深い日本総研の河村小百合さんにお越しいただきました。 午後からは、内閣総理大臣の諮問を受けて、経済財政に関する重要事項について調査審議する経済財政諮問会議の民間議員・八代教授にお越しいただきました。他に2名の財界からの民間議員もおられますが、出席は実現しませんでした。この会議を利用して小泉総理は政治的な成果を上げました。ご存知の郵政民営化、地方自治体に財政難をもたらす結果となった三位一体の改革、様々な格差を生んだといわれる規制改革などです。民間議員は国会への出席義務はないので、今回が初めての出席となります。民主党の桜井議員が質問に立ちました。論戦の様子は、http://www.dpj.or.jp/ をご覧ください。質疑を終えて桜井さんは、これまで民間議員の考えは伝聞でしか聞けなかったが、今回直接議論できてとても良かったと感想を語っていました。

おだち日記 3月24日(月)

カテゴリー: おだち日記 — admin @ 6:05 PM

 予算委員会終了後、上海万博日本「EXPO上海ウィーク」イベントに出席しました。上海万博の日本側PR大使に歌手の谷村新司さん、卓球の福原愛ちゃん、デザイナーのコシノ・ジュンコさんが就任しました。谷村さんからは、「1981年に初めて訪中して以来、中国と深く付き合うようになり、中国の人々には大変親しみを感じています。他の大使と一緒になって日本での上海万博の宣伝・推奨活動のため、中日両国の人々の友好往来と相互交流の促進のため、力いっぱいがんばりたい」とのスピーチがありました。また、冒頭に行われた開幕式には、中国の崔天凱駐日大使、日本の江田五月参議院議長、高村正彦外相(上海万博支援議員連盟会長)、海部俊樹元首相、二階俊博衆議院議員などが出席されていました。 僕も、この上海万博を成功させるために結成された日本の国会議員による上海万博支援議員連盟の一員として精一杯お手伝いしようと思っています。僕は、大阪万博を見てすごい感動を受け、幼心にその後の自分の生き方に大きな影響を受けました。中国の少年たちにも同じような感動をぜひ受けてもらいたいと思っています。

おだち日記 3月23日(日)

カテゴリー: おだち日記 — admin @ 6:05 PM

 岡田克也副代表が候補者激励のため大阪9区と1区に入ってくれました。1区は先日結成された参議院による衆議院選対で僕が担当することになりました。夕方に開催された副代表を迎えての「熊田あつし君を励ます会」に出席しました。 岡田さんは、挨拶の中で昨日の台湾の総統選挙で国民党の馬氏が勝利し、8年ぶりに政権交代が成し遂げられたことを引き合いに出し、政権が民意によって変わる国は羨ましいとおっしゃいました。そういえば、昨年は韓国でも政権交代が実現し、今年はアメリカでも大統領選挙で民主党候補が勝利すれば政権交代がなされます。日本も本当にそろそろ政権交代を成し遂げなければ真の民主主義国家とは言えません。

おだち日記 3月22日(土)

カテゴリー: おだち日記 — admin @ 6:03 PM

 2区総支部(萩原支部長)の定期総会に出席しました。会場は、恒例のJR天王寺駅近くの「阿倍乃荘」です。ここは、旧国鉄時代の局長宿舎で、昭和20年の敗戦時には、佐藤栄作元総理大臣(東大卒業後、鉄道省に入り、当時は大阪鉄道局長)も住んでいたという由緒ある建物です。ここの名物は門をくぐったところにある大きな蘇鉄です。蘇鉄を見るといつも鹿児島の親父の生家を懐かしく思い出します。生家にも同じく立派な蘇鉄が門を入ったところに植えられていたからです。現在の「阿倍乃荘」は、会合や宴会が出来るよう広く一般に開放されています。 この定期大会には、平野府連代表が始めて出席し、一連の選挙に関するお礼を述べられ、現在の国会情勢報告もされました。続いて、僕からは2区の議員・党員・サポーターの皆様の総力で萩原さんが総選挙に勝利できるよう全力でお支え頂きたいと心からお願いを申し上げました。

次ページへ »

HTML convert time: 0.318 sec. Powered by WordPress ME